2019/07/31『世界は恋だと言ったって』-05-後半

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輝大月

大月輝文化構想学部4年

文化構想学部4年生。大学では、主に文学をはじめとする文化全般と、英語に主軸を置いて勉強している。一昔前の洋楽ポップスみたいな明るさも好きだけど、無頼派みたいな厭世観もたまらない。

-05-後半

 まあ、悠人はセックスできないから。光輝がひらひらと片手を振って言う。女を知らないなんて、もったいなくねえ? 気持ちいいのにな、ナカ。おれ、この前めっちゃいい女の子をナンパして、そしたらおれの指でヨガってんの。哲也も光輝に乗ってうっすらと笑った。

 随分いい思いをしたんだな、と光輝が笑う。男が内輪だけで話しているときの、下品な表情になった二人を見て、口を開いた瞬間に痛ってえ! と声をあげたのは光輝だった。

 ナナが、テーブルの下で光輝の脚を蹴ったらしい。ナナは笑顔を唇に貼り付けている。何もありませんでした、と言いたげな澄ました顔で、「悠人はお前たちより女を知ってるよ」と静かに告げる。背筋が怖いくらい真っ直ぐに伸びている。ナナの視線が真っ直ぐに光輝に突き刺さって、光輝はお得意の皮肉も気怠げなポーズも出すことができず、言葉をつまらせた。
「女を抱ける男が偉いんじゃないんだよ。女を抱けるからって、女を知ったことにはならない。あんた、何人の女を抱いた? バンドマンらしく、割と食ってたよね?

 まあね、確かに悠人は一人の女も抱いてないけど、でも女とは何かを知ってるよ。女がいま何と戦っていて、何に苦しんでいるとか、生理のこととか、そういうことも。あんたたちが知っている女についての知識よりも、ずっと大事でお互いのためになるような意味で、悠人は女を知ってるのよ。

 この年にもなって、いい大学にも進んでいて、正しく女を知る機会に恵まれてるくせに、女を知ることがセックスで女の『中を』知ることだと思ってるなんて恥ずかしいわね。

 お前は、自分に都合のいい女の身体の一部を知ってるだけ。悠人がセックスをしたことがないからって、私とする気にならないからって、そもそも誰にも性欲を感じないからって、調子に乗ってんじゃねえぞ」

 言葉ほど、ナナの声は激昂していなかった。ひたすら淡々と、ナナにしては強い口調で暴言を吐くと、ナナは二千円をテーブルの上に置いた。あとは勝手にして。足りなかったら、今度払うから。ナナはコートを羽織ると、光輝と哲也を一瞥して去っていく。

 おれの口から思っている言葉が溢れて、思わず口を塞いだ。酒のせいだから、と慌てて言い訳をした。それが自分のための言い訳なのか、ナナのための言い訳なのかはわからなかった。

 呆れたようにおれを見てくる光輝に、なんだよと楯突いた。お前さ、そろそろその男根主義やめれば? ソレだけが男の良さじゃねえし、ソレだけがお前ってわけじゃないし。この際だから言ってやれ、とへらへら笑った。

 大学生になってから、男といえば女、付き合うといえばセックス、セックスといえば体位、体位といえばプレイ、みたいな連想ゲームばかりでもう飽きた。男の隣に男がいたっていいし、女は男のために媚を売らなくてもいいし、そもそも「抱く–抱かれる」という能動と受動の関係でなくていいし、・・・・・・おれがブツブツ零していると、それって辛くない? という哲也の声が耳に刺さった。そうやって、既存の価値観っていうの? そういうものに反抗しているのって、生きづらいだろ。

 は、と笑いが漏れた。でも、おれは反抗するしかないんだよ。もし、それを「反抗」と言うのならって話だけど。

 やめねえの?

 多分、お前は一生ぶんの馬鹿だな。意味を成していない日本語で、おれは哲也の頭を小突いた。こういうのは、やめれるものじゃないんだよ。

 試しにセックスをしようとしたことはあるのかよ。光輝がいつもの斜に構えたポーズを取っておれに聞く。おれはビールを思い切り飲んだ。

 ナナ相手には、一度もないよ。光輝はまじかよ、と驚いたように言って口をつぐんだ。でも、またすぐに開いて、じゃあ一回試してみればいいじゃねえか、と開き直ったように言う。テンションが上がらなくて、気まずい思いをすることになっても? ナナからの信頼を失くすことになっても? おれの手はいまや財布に伸びていた。正直、この四人でまたバンドを組みたかったと頭の半分では呑気に考えている。

 セックスを求めないことでナナから信頼されているんだから、そんなこと一生かかってもできない。今度は、光輝のポーズを真似してやった。少し浅めに椅子に座って、怠そうに体重を腰にかけ、携帯を片手でくるくる弄る。おれはセックスを知らないけど、一つだけ言えるのは、相手を大切にするセックスで自分の気持ちを伝えることがあるなら、セックスをしないから特別になる関係だってあるってこと。おれは追加でビールを頼んだ。

 なんでこんな美味しくない飲み物を、どうしてこんなに大勢の人間が楽しそうに飲んでいるのか。やっぱり、何かがちょっとおかしいんじゃないか。

 顔を赤くして大声で騒ぎ、笑いあう人たちの声が一瞬だけ遠のいた。ガラスの中に入ったおれは、周りの客の表情がすっかり消えるまで景色を楽しんだ。次のビールで、ようやく音が戻ってくる。これで、おれは周りから見たら普通の男で、きっと彼女がいるようなただの男子大学生に見えているはず。だとしたら、少しだけでいいから、タートルネックがおれのことを魅力的に見せてくれているといいな、と思う。

 やっぱり大学生たるもの、セックスをしなきゃ村八分らしいな、と呟いて、哲也に頭を撫でられるはめになった。ごめんな、という掠れ声は、去ったナナの席の正面から聞こえてきて、おれは笑った。それ、たぶん言う相手はおれじゃなくて、ナナだったと思うけど。

 バンドのことは、きっとどうにかなるよ。ナナにも伝えておくから。神妙な面持ちの二人に軽いチョップをかましてこっそり目元を拭った。涙じゃなくて欠伸だっただけなのに、涙と捉えられることほど迷惑なものはないから。

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