2019/07/24『世界は恋だと言ったって』-05-前半

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輝大月

大月輝文化構想学部4年

文化構想学部4年生。大学では、主に文学をはじめとする文化全般と、英語に主軸を置いて勉強している。一昔前の洋楽ポップスみたいな明るさも好きだけど、無頼派みたいな厭世観もたまらない。

-05-前半

 携帯のディスプレイに、ナナからのメッセージが表示された。〈ごめん、遅れる!〉。同時に時
間を見ると、九時を少し回った頃だった。

 駅のロータリーのベンチに座る光輝を見つけて、駆け寄った。寒そうにダウンジャケットの前を合わせ、マフラーをこれでもかというくらいに首に巻きつけている。ナナが遅れそうだと伝えると、光輝は息を吐いた。真っ白な水蒸気が光輝の眼前に広がる。哲也も来るはずなんだけど、あいつもまだだな。もう入っちゃおうぜー、と怠そうにおれを見上げた。形のいい眉が困ったように垂れている。そうだな、寒いしな、とおれも同意したところで、後ろから肩を叩かれた。哲也が片手を上げて、待ったあ? と楽しそうに笑っている。そのベレー帽いいじゃん。おれは哲也の頭に乗っている、黒いベレーを突いた。立ち上がった光輝が、コートにも似合ってるんじゃないの、とまた怠そうに口を動かして、哲也のロングコートの裾をつかんだ。白木屋でいい? おれは頷いた。ナナに、白木屋に入ってるから、とだけ返して二人の後を追った。

 外の冷気なんてお構いなしに熱気の籠った白木屋は、いつものように学生ばかりでごった返していた。グループ客が多い。四人くらいならすぐに座れそうだよな、と哲也が先頭で店に入った。彼の予想通り、待たずに席に通され、おれたちはビールを四つ注文した。

 さっき、二人から褒められたからお腹すいちゃった、という超理論を展開させる哲也に食事のオーダーを頼んで、おれと光輝はお通しの枝豆をちびちび食べる。

 二月に冬ライブあるじゃん、悠人ってその時期暇? 光輝からの問いに、おれは携帯のカレンダーを見て曖昧な返事をした。旅行とかに行ってなきゃ暇だと思うけど。また、バンド組まねえ? と伺うようにおれの方を見る光輝に、おれは吹き出した。どうしてそんな慎重なんだよ。いいよ、組もうよ。レポートのすぐ後で練習時間はそんなにないだろうけど。

 光輝は安心したようにはあと大きなため息をついて、すぐにやりたい曲の話を始めた。もちろん、哲也もいるんだろ? と彼の方を向くと、ちょうど食事のオーダーを終えたところだったみたいで、注文パネルをテーブルの中央に置いて、うん、と当然のように返事をして笑顔になった。ボウイは絶対ね、と付け加える哲也に、勘弁してよ、とおれは届いたビールに口を付けた。

 私もビール? ナナの声が頭上から降ってきた。ありがと、とナナはさっとおれの隣の席に腰を下ろす。目の前に座る二人を見て、笑顔になる。

 遅かったなあ、と光輝が嫌味なく声をかけると、所用です所用ー、と楽しそうに返す。ナナはぐいっとビールを一口飲み干すと、枝豆に手を伸ばす。

 今、ちょうどバンドが成立したところなんだ。哲也の声に、ナナはへえ、ドラマーは? と眉を上げた。もちろん、ナナちゃん。嬉しそうな哲也に、ナナはハイタッチを求める。そうこなくっちゃね。

 唐揚げや卵焼き、サラダにポテトが続々と届いて、テーブルが賑やかになった。はしゃぐ三人に、おれは懐かしいような気持ちになってカメラを構えた。

 カシャ、という音で三人が一斉にこっちを向く。撮らないでよねとむくれるナナに、変顔を見せてくる哲也、顔を腕で隠しながらもにやにやしている光輝に、やっぱり懐かしいわ、これ、と今度は口に出して言う。

 ナナちゃんがちょっと不在だったからなあ、と非難めいて言う哲也は相変わらず酒に弱く、まだビール一杯目なのに顔が赤い。へらへら楽しそうにしている彼を尻目に、ナナは笑いながら彼の額を突いて、二杯目のビールを注文した。

 変わったよな、お前、としみじみ言う光輝に、ナナは胸を張ってでしょ、と返す。悠人にも言われたくらいなんだから、私、相当変わったんだな、と思って。

 箱入り娘が世に出た、って感じ。おれの例えにそれだよと哲也が膝を打つ(彼は、本当に文字通り膝を打った)。前はビールだって飲めなかったのに、いつの間にかおれよりも飲めるようになっちゃって・・・・・・と泣く真似をする。いつか光輝よりも飲めるようにするからね、と宣言するナナに、哲也が真顔になった。やめとけって、光輝は夜から朝の四時までずっと飲み続けて、それでも悪酔いもしなけりゃ二日酔いにもならないんだぜ。光輝が自慢げに笑った。でも、三日酔いはしたけどな。おれは笑う。なんだそれ、自慢にならねえな。

 クラブにも行くようになったんでしょ? 哲也は唐揚げの最後の一つを口に放り込むと、ナナの方を向いた。今度連れてってよ。

 ナナは目を見開いた。哲也、絶対そういう友達いると思ってた! 喫煙所のイケイケ系の友達がいるでしょ? ナナの問いに、哲也は肩をすくめた。いるけど、そういう友達はナンパの箱にしか行かないよ。おれ、もっといいクラブが知りたい。

 任せておけとナナは親指を立てた。今日、カフェのお兄さん(ここで、ナナはちらっとおれを見た)ともそんな話になって、今度グループで行こうかってことになったんだ。哲也もメッセンジャーのグループに招待するね。

 ナナの視線を見逃すほど、目の前の二人が鈍感なはずがなく、哲也が真っ先にカフェのお兄さんって誰? と話題に飛びついた。

 ナナは一瞬たじろいだあと、最近仲良くなったの、と言う。二杯目のビールを喉に流し込んで、ナナは続けた。よくそのカフェで勉強してるから、それで話すようになって。同い年だから、気兼ねしなくていいし、カフェは夜八時半まで開いてるから、今日もその時間までいて、そのあと必要な本を借りに行かなきゃだったから図書館に一瞬立ち寄って・・・・・・だから遅くなっちゃった、ごめん。

 夜までやっているカフェによく行ってれば、そりゃ成績も良くなるか、と変なところに納得する哲也の腿を、光輝が叩いた。光輝はおれの方を見て、悠人はいいのかよ、と眉を寄せた。どういうこと? とおれとナナの声が重なった。おれはナナの保護者じゃないけど。

 だって、一緒に住んでるんだろ? だから、付き合ってるんじゃないかと思っただけ。哲也の純粋な疑問に、おれは付き合ってないってば、と返した。誰かと恋愛的に付き合うつもりもないし。何度もこれについては話してるだろ。
「でも、悠人はナナのことが好きなんだろ?」

 わからない、というように哲也がおれを指差す。おれは頷く。そうだよ。「じゃあ、それってどう違うんだ?」。哲也の問いに、おれは答えられなくて戸惑った。ナナと、セックスはしたくないってこと? まあ、しようって気にはならないけど。おれはちらりとナナを伺った。感情が一切読み取れない表情で、彼女はビールジョッキの取っ手をいじっていた。

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