2019/07/10『世界は恋だと言ったって』-02-後半

タグ :

#カルチャー
#小説

written by

拓馬北河

拓馬北河早稲田大学文学部4年

早稲田大学文学部4年生。文学、音楽、映画、ファッションなど多くのカルチャーに興味を持っている。卒業論文より記事の執筆に夢中のようだ。卒業後はファッション産業へ身を投じることを決心している。

-02-後半

 棚から距離を置いて立っていると、おれが逃げ出しそうに見えたのか、ナナが腕を引っ張った。いつかさ、悠人だって本格的に誰かと住むことになるかもしれないんだから、未来のパートナーを助けるつもりで頑張って、と励まされて、分かったよ、ともぞもぞ答えた。正直、気乗りしないけど。
 
 ナナはどれを買ってるの? とおれが聞く勇気を持つより早く、ナナは、私が買っているのはこれ、と臆面もなく生理用品のパックをおれの前に突き出した。おれがちょっと身を引くと、恥ずかしいものじゃないんだからしっかりしてよと呆れられた。
 
 は、羽根つきって何。しどろもどろになって尋ねると、ナプキンがずれないように、ついてるやつなの、と言う。ナプキンの両側についていて、下着に巻けるようにするっていうか、折り返して貼れるようになってるんだよね。あってもなくても、私はあんまりこだわりがないんだけど、とナナは付け加える。でも、家ではずっとこれだったから、惰性でこれを選んでるんだ。
 
 ついでに、悠人の髭剃りフォームとか、洗顔とか、何を使ってるのか教えて。ナナの押しっぷりに引くに引けず、おれは男性のスキンケアコーナーに連れていく。おれは自分が使っている髭剃りのシェービング剤を見せる。おれはジェルの方が好きだから、というとナナはへえ、シェービング剤って泡しかないのかと思ってた、としげしげとビオレのシェービングクリームを見ている。ついでにおれも買う、と、化粧水と保湿クリームも併せてカゴの中に入れた。

 
 夜ご飯はカレーにしようよ、というので、食材も買い込んでスーパーを出る。
 
 一緒に住んでるって感じがするね。ナナは嬉しそうに微笑んだ。それか、修学旅行のお泊まりだけ経験してるって感じ? おれのコメントに、ナナはそれって一番楽しいイベントじゃん、と返す。
 
 高架線の下を通って帰路に着く。電車が通る音で、会話が途切れた。高架線の影に入り、凶暴なまでに無機質な音に、身体が飲み込まれそうな感覚に陥った。
 
 早く電車に乗れるようになるといいな、とナナが隣でぽつりと呟いた。

 
 
 大学ってなんなんだろうね、とナナがこぼしたのは、二人で二時間くらい、向かい合ってレポートを片付けていた時だった。おれはなに、と視線をパソコンの画面から離さないまま聞き返す。
 
 いや、考えてたんだけどさ、とナナは一冊の本をおれに向かって押し出してきた。彼女も、おれの方は見ていない。パソコンの画面を見ている。
 
 日本の識字率って、海外の人からしたら驚くぐらい高いらしいじゃん。海外の人は、日本に来るとホームレスが新聞を読んでいるなんて、って驚くってメディアの本に書いてあったの。その上、日本では一応、大学に行くのが標準の道っていうことになっているでしょ。
 
 全く正しいわけじゃないと思うけど、まあね、とおれは返した。
 
 でも、私たちも含めて、大学生のレベルって、世界の大学生と比べると低いって言われてるじゃない。
 
 だから、複雑な気分だって、そういうわけ? おれの言葉にナナは眉根を寄せて頷いた。リベラルってなんなんだろうね。もちろん、日本だけじゃなくて世界の学生でもこういう人はいると思うけど、いい大学に行っていても、差別について無関心な人はたくさんいる。だから私や、悠人のような人が悔しい目にあっているってわけでさ・・・・・・。
 
 こうなると、ナナは止まらない。おれは適度に相槌を打ちながら、本の表紙を眺めたり、ぱらぱら開いたりした。
 
 
 今年の夏、私がまだ留学生の友達とばっかり遊んでいた頃に、私が遭った性被害の話をしたの。ナナの声音が急に落ち着いた。おれは本を弄ぶのをやめて机の上に置く。ナナは、おれとは視線を合わせないで、机に置かれた本をじっと見て話を続けた。
 
 前に言ったかもしれないけど、いいって言ってないのに押し倒して、レイプしようとした男がいたって(友達だと思ってたけど、ただの能無しだったことが発覚して、悲しくなっちゃった、とナナが話していたのを覚えている。たしか、一年生の春休みころだったと思う)。そうしたら、仲が良い一人の男の子が、それだけでその男は刑務所に行くべきだよ、って言ってくれたんだよね。私、びっくりしちゃった。これが差だよ。日本だったら、「そんなのお前が悪いんだ。どうせ、思わせぶりなことでもしたんだろう」で終わりよ。据え膳食わぬはなんとやら、とか言っちゃってさ。そんなの、据え膳食うのは男の恥、なのにね。
 
 ナナはパソコンを閉じた。コーヒー? とわざと英語の発音で聞いてくる。おれはサウンズ・ナイス、と答えて、カップを出すためにナナと一緒にキッチンに立った。
 
 私もやっぱり、ディス・イズ・ジャパンだよ、ベイビーとかいうラップでも書こうかなあ。ナナは昨日、自分が言ったことを覚えていたらしい。
 
 痴漢だって、指を入れられたら北欧の国ではレイプで犯罪なのに、こっちは有耶無耶になって終わり、とかいう事例もちゃんと入れようよ。銃規制があることくらいが幸福です、みたいなさ。
 
 
 おれは昨日と同じカップを持ってきて、ナナに座ってなよ、と言った。コーヒー淹れておくから。ナナは、いちいちリビングに戻るのが面倒だったのか(すぐそこなのにな)、キッチンの床に座り込んだ。ディス・イズ・アメリカ、の部分だけをハミングしている。おれも合わせて歌った。This is America, Don’t catch you slippin’ up, This is America, Don’t catch you slipping’ up, ・・・・・・そのうちに、ナナの歌詞がThis is Japan, Don’t take it good enough, This is Japan, Don’t look at it in a straight way, に変わっていた。字余りだぞ、と指摘する。
 
 なあ、とおれはお湯が沸くのを待つ間、ナナの隣に座った。ストレートカップル至上主義についても歌詞に入れようぜ。おれが書くから、クレジットにはおれの名前も入れてくれよ、と言うと、ナナは笑って最高だねブラザー、と親指を立てた。

関連記事