2019/07/18『世界は恋だと言ったって」-04-

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輝大月

大月輝文化構想学部4年

文化構想学部4年生。大学では、主に文学をはじめとする文化全般と、英語に主軸を置いて勉強している。一昔前の洋楽ポップスみたいな明るさも好きだけど、無頼派みたいな厭世観もたまらない。

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 カフェに行って勉強するのが好きなナナと、図書館に篭って勉強するのが好きなおれとでは、基本的に日常の行動範囲が違っていた。おれはキャンパスからほとんど動かないし、ナナはキャンパスから少しだけ離れたところにある、アメリカの西海岸みたいな雰囲気のあるカフェをよく使っていた。ナナがおれの家に住むようになってから、家のコーヒー消費量は格段に上がり、二人してリビングの机で向かい合って課題をやっている時でも、ナナは気づけばコーヒーと言って立ち上がり、CDかレコードをかけ、おれがうるさいと言って消すことの繰り返しだった。
 
 結局、おれの家では、タワーレコードに行った今週の月曜日以降、食事の準備か勉強していない時間には、イギリスの同年代のアーティスト、トム・ミッシュの新譜が流れ続けることになった。試し聞きのコーナーを端から端まで回ったおれとナナの意見が見事に一致したのがトム・ミッシュで、二人とも、ジャンルがごたまぜになっているトムのアルバムに一瞬にして惚れ込んだ。

 軽いディスコテイストの曲が流れ出すと、おれは大抵ナナの手を取って踊りに巻き込む。初めのうちはばかだなあと呆れていたナナも、今ではおれに合わせてよく分からない規則で腕を振ったり足を蹴り上げたりしている。六〇年代のビデオ・クリップみたいでしょ、というのがナナの言い分だけれど、まあでも、ディスコは六〇年代ではない。

 まだ留まっていたいけど、行かなくちゃ、・・・・・・まだ愛してるっていうのは知ってほしい、なんていう歌詞を二人で歌いながら、本当のカップルがするみたいにお互いに手を取って、腕の中にはナナがいて、腰を引き寄せあったり額を近づけたりする。ナナを抱きしめるとき、興奮もときめきもあるわけじゃなかった。ここいにていいよ、と言われているみたいで安心できるだけだった。

 おれがナナと一緒にいるのは、セックスができるできない、するしないとかは関係ないからね。

 おれの言葉にナナは動きを止めた。両腕でおれの腰を抱えて、じっとおれの表情を伺う。ナナは頷いた。わかってる。

 でも、私よりも一緒にいたい人ができたら、言ってよね。私はどこか大学の近くに家を見つけるから、悠人はその人と住まなきゃ。

 おれは曖昧に頷いた。でもそれは、ナナもでしょ。ちゃんと言ってよね。はいはい、とナナは笑う。っていうか、どうしておれのところに来たの。

 ナナはぽかんとした表情をした。どうしてって、と理由を引っ張り出そうとしている。女の子の友達は実家か寮暮らしが多いから、私を泊める余裕なんてないだろうし・・・・・・。ナナは手をおれから離して、考えてなかった、とあっけらかんと言った。気づいたらって感じ? それからいたずらっ子みたいな表情で、悠人は私の我儘をたくさん聞いてくれるし、と自慢するように言う。もう聞かないからね、と笑ってナナの頬をつねった。

 木曜日、映画の授業を聞き終えて家に帰ると、ナナはまだいなかった。おれは図書館で借りてきた本を読んで時間を潰した。二項対立の構造を揺らがせる、デリダの脱構築論に関しての本だったけれど、お前にはまだ早い、と言われているようで、おれは本を放り出してソファに寝転がった。夕飯はハンバーグにしようかな、と思い眠りに就き、気づけは玄関のドアが慌ただしく回される音がする。一度違う方向に回されたあと、正しい方向に回されて、その音で沈んでいた意識が持ち上がってきた。ナナが焦っておれのことを呼ぶ声が聞こえる。うん、と寝起きたばかりのぼんやりした声で答えて、足を引きずって玄関に向かう。

 ナナのブーツが乱暴に脱ぎ捨てられる。ねえ、というナナの声は切迫していて、同時に楽しいような色を帯びていた。

 もしかしたら私、今度こそ真っ当な男を見つけたかもしれない。

 舞い込んできた朗報に、おれはへえ、と素っ頓狂な声を出した。ナナのコートから、コーヒーの匂いが香る。いつものカフェに行ってたんだけどさ。ナナの表情が次第に柔らいでいく。そこで前に少しだけ話したことのある店員さんが、彼の友達と、世界文学とか世界映画、フラット化した世界でこれからどんなビジネスがいいのか、とかそれに関連する本を読んだ、みたいな話をしていて、嬉しくなっちゃった。

 それだけなんだけど、と小さい声で漏らす。フラット化した世界、っていう言葉は、アメリカのジャーナリストのトーマス・フリードマンが使っている言葉だから、お兄さんもその友達も、きっと普段からグローバルなことに興味があって本もしっかり読んでいるのかなと思ったら、珍しいなって・・・・・・。

 おれは玄関に置きっぱなしになっているナナのトートバッグを拾い上げて、とりあえず夜ご飯を作りながら話を聞くよ。ハンバーグでいい?

 ナナはまた難しい顔で考え込んでいる。おい、考えすぎるのはやめろよ、と少し強い口調で言っても、生返事が返ってくるだけだった。

 おれはため息をついて勝手に話し出した。珍しいって言ってたけど、おれだってそういうことは話すじゃん。まさか、男の会話がみんな、どこかの小説に出てくるような女の品定めばっかりで成り立ってると思ってる? あながち、人によっては全く間違いというわけでもないけど、それだけだと思われるのは心外だった。

 ナナはまあね、と言って肩を竦めたようだった。前に、男友達に男は女がいないとテンションが上がらないって言われたことがあるし。

 へえ、おれはスープも同時に作りながら返事をする。にんじんとレタスを切って、コンソメスープにするつもりだ。

 でも、とりあえず、そのお兄さんはナナの中で好印象だったんだから、良かったんじゃないか。ナナからの返事はなく、彼女は開きかけた口を閉じた。

 言った後、包丁で指を刺してしまい、おれは小さく叫んだ。

 ナナが飛んできて、彼女は有無を言わせずおれに座れと指示を出し、結局ナナが夕飯の支度をすることになった。

 絆創膏を巻いた指がヒリヒリするのを無視して話を続けた。でも、おれが時々行く勉強会では、お酒が入っても、みんな社会学とか法学とか、将来どうしたいかってこととかしか話さないよ。

 別に、私は地球上の男がみんな女の話しかしないって言いたいわけじゃないからね。

 ナナはそれだけ言うと、顔を食材に向けて、それ以降はもうカフェのお兄さんの話題には触れなかった。


 お皿を片付けていても、お風呂を洗っていても、ナナがレコードをかけたり、CDをかけたりすることはなくなった。流れていたトム・ミッシュは息を潜めて、曲がっていたストーンズのレコードは笑われることすらなくなった。

 おれはイヤホンを通して音楽を聴くようになって、ナナは課題をやるか、ルーティーンになりつつある家事をこなすか、携帯の着信音にすぐに飛びつくだけだった。

 カフェにいる時間を長くしたいのか、ナナは土曜日でも朝早くから出かけて行った。

 今日は夜から光輝たちと飲みでしょ? と聞くと、それには嬉しそうにうんと答える。大学祭以来だから久しぶりじゃん。ナナは家を出る直前、おれがスタジオでギターを好きなように弾きまくっている動画を見せてきた。また、セッションしょうよ。おれは寝室用として使っている部屋のクローゼットから、ジャズのレコードを取り出した。ジャズでいいなら。

 ナナは冗談めかして口をへの字に曲げると、駅前のジャズバーなら、好きに演奏できるわよと言い残して、後でね! とドアを押し開けて出て行った。

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