2019/07/13『世界は恋だと言ったって』-03-

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輝大月

大月輝文化構想学部4年

文化構想学部4年生。大学では、主に文学をはじめとする文化全般と、英語に主軸を置いて勉強している。一昔前の洋楽ポップスみたいな明るさも好きだけど、無頼派みたいな厭世観もたまらない。

-03-

 セクハラっていうのは、年齢差があるから生じるグロデスクさなんだと思います。
 
 十人だけの日本近代小説のクラスで突然、ジェンダーの問題が浮上したのは、田山花袋と谷崎潤一郎のせいだった。
 
 おれはちまちま書いていた板書の手を止めて、発言した生徒の方を向く。ちょうどその時、机の上に置いた携帯のディスプレイが光った。〈今週末、光輝たちが飲むってさ。行く?〉差出人はナナだった。おれはその連絡には返信をしないで、ディスプレイが下になるように携帯をひっくり返した。
 
 いくら誠実な思いがあっても、年齢にあまりにも差があると、そこに異様なものを見出してしまう、とその生徒は続けて言った。男子学生だった。今は、ママ活もあるし、若さというものが性の市場で今まで以上に求められているような気がするんです。
 
 おれはノートの端に彼が言ったことをメモした。きっと、この手の話には正解なんてないんだろうけれど、おれはセクハラはコミュニケーション不足から生じる違和感、思い上がりからくる下手くそすぎるコミュニケーションだと思っていたから、年齢の話を出されるのは新鮮だ。以前、ナナともこの話題になったことがある。学部でもいい地位にいた教授がセクハラによって辞職した時だった。言葉を取り扱っていて、テクスト論にまで言及できるくらい、(ある意味)「言外の」言葉にも強かったはずなのに、自分の言葉で自分の首を絞めるなんて滑稽だ、とおれが言ったらナナはその通りというように頷いた。今まで何を研究してきたんだろうね、というナナの声のトーンは冷たく、怒りよりも呆れが先立っているようだった。
 
 その時、「悠人は私に全くセクハラ的な会話をしてこないけど、それだから楽。こっちが嫌がることは絶対にしないし、相手はどんな話題が好きで嫌いなのか、をきちんと確かめているからいいんじゃない」と半分くらい投げやりなコメントをもらったことを思い出した。
 
 おれがコミュニケーション的な問題は、と発言しようとした時、辞職した教授のゼミにいたらしい女生徒が猛烈に反論をし出した。年齢の問題以前に、これは文化や社会の構造とも関わっているんじゃないですか。私は田山花袋や谷崎潤一郎の作品の批判はしませんしするつもりもありませんが、こういう風に年の差を美しく書く芸術も、その幻想に一役買っているんじゃないですか。しかも、セクハラに関して問題になるのは、たいていが中年です。つまり、文化の中でも社会の中でも男性が特権的な地位を築いていた時代を生きていた人たちで・・・・・・。
 
 彼女の話にも、突っ込んで聞きたいことがあったが、話す隙はなかった。おれはこっそり携帯のロックを解除した。
 
 ナナからのメッセージに、〈今週末だったら時間あるし、行くよ〉と返す。
 
 
 月曜日からタフな会話を聞いたね、とナナは家のソファに身を横たえながら言った。ナナは高速フリックで、誰かとメッセージのやり取りをしていた。
 
 ナナはどう思うの、と聞くと、前に悠人に言ったことと変わらないよ、と返ってきた。っていうのは、コミュニケーションの話ってこと? 相手を見ていないって話? 褒めてくれたことの反対をいうと、ナナは、まあそういうことです、と行儀正しい口調で答えた。
 
 今日、私も光輝たちにたまたま会ったんだけど、その時に「お前たちとうとう付き合ったのか?」って野次馬根性丸出しで言われたんだよね。ちゃんとしたカレカノなのか? って聞かれて、私、何も言えなかったけど。
 
 ああ、とおれは唸った。もう面倒だから、おれと付き合ってるってことにしてもいいよ。それなら多方面に説明が楽だろ。
 
 ため息をついて伸びをした。男と女が一緒にいたら即「お付き合い(身体の関係あり)」っていう枠にしか収まらない状況、どうにかならねえの、とこそっと心の中で思う。
 
 ナナは女でいるのは面倒だなあ、と呟く。私が男だったら、きっと私と悠人の関係は、一応普通の友達ってことで済むし、そもそも私が男の指が膣に入ったとかで悩むことにもならなかったんだよね。レイプは、男でも経験する可能性はあるけど。言葉で出すのも面倒だ、というように、ナナは口をほとんど動かさないで、世界の中でナナの話を聞いているのは誰もいないみたいなフリで話した。言葉を使っても、自分が女であって、悠人が男で、痴漢に遭った事実も(それから、ナナの過去の性被害の記憶も)なくならないから、何も意味がないと暗に言われているような気になった。
 
 ナナは気怠そうに寝転がっていた身体を起こした。メイク落とさなきゃ、と目をこする。きらきらに気張って大学に行くの、面倒だなあ、メイクだって義務でもなんでもないのにさ。ナナは唇を尖らせる。
 
 おれは、ナナがスウェットで寝ながらポテチを食べてたとしても、パーカーにスポーツレギンスで大学の授業に行ってても、ノーメイクに眼鏡でも、なんでも好きだよ。ずっと思っていたことが、突然口を突いて出た。
 
 ナナの携帯が床に落ちる。ナナはおれをまじまじと見た。大事にされてるのは知ってたんだけど、まさかそんな家族みたいなことを言ってくれるとは思ってなかった。
 
 おれはナナの隣に座りなおした。横からナナの肩を抱き寄せる。ところで、最近いい音楽がないなって思ってたんだけど、タワレコにでも行かない?
 
 何を言われるのかとおれの一挙一動を刮目して見ていたナナは、はあ? と笑いながらおれの肩に柔らかいパンチを入れた。なんですか、悠人さん、それはあなた渾身の口説き文句なんですか? だっさい!
 
 ナナは笑ったままおれの腕をすり抜けると、十秒後には、ワインレッドのベレー帽を被って、薄水色のコートを着て戻ってきた。いいよ、それなら早く行こう。新宿でいいよね? おばあちゃんからイタリアのお土産でもらったの、と言っていた黒いハンドバッグを(まだ窓際に放置されている)ボストンバッグから取り出すと、早く準備してよね、と笑顔でおれを見上げた。

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